[ぷちコラム01] 旧札幌通について

[`evernote` not found]
LINEで送る

室蘭市に「旧札幌通」と呼ばれる一帯があるのをご存知ですか?

室蘭市中央町の室蘭プリンスホテル周辺から、緑町のヤマコしらかわさんのあたりまで続く通りの一帯が「旧札幌通」です。

はて? 室蘭なのに札幌とはこれいかに? と思われる方も多いかもしれませんね。また、室蘭市民の方でも、旧札幌通という呼び名をご存知ない方が結構おられると思います。そこで今日は、旧札幌通について解説してみたいと思います。

室蘭開港のきっかけになった出来事として、明治5年(1872年)のトキカラモイ桟橋開設が挙げられます。
この桟橋は、当時北海道の経済の中心地であった函館と、開拓使の本庁が置かれた札幌を結ぶ北海道初の幹線道路として整備された「札幌本道」の一部として開設されました。

道路と桟橋が結びつかずに疑問に思われる方もいるかもしれません。
実は当時、建設機械も無い時代に静狩の険しい山々を切り開いて道路を作るのは大変だったため、静狩を迂回し、室蘭から内浦湾を隔てた対岸にある森町まで洋上航路として開設されたのです。

map2

図で見ると、室蘭-森間を船で渡るのが最短距離なのがわかりますね

この明治5年を以って室蘭港開港としています。
その翌年明治6年に札幌本道は全通。膨大な人と物が室蘭を通るようになります。
トキカラモイ桟橋周辺は、もともとの室蘭であった崎守周辺に対して「新室蘭」と呼ばれ、郡役所や病院、旅館などが置かれ、まさに海の玄関口として大いに賑わったのです。

お気付きになった方もいらっしゃるかもしれませんね。
そう。このトキカラモイ桟橋に至る道路「札幌本道」こそ、旧札幌通の呼び名の由来です。
現在の室蘭プリンスホテル周辺から緑町の旧トキカラモイ桟橋までの札幌本道沿道が大正11年の市政施行まで、「札幌通」という町名で呼ばれてました。現在 の緑町周辺が札幌通1丁目、旧港町が札幌通2丁目、旧泉町が札幌通3丁目、旧大町が札幌通4丁目・5丁目でした。その大まかな位置を現在の地図に記載した のが下の図です。

map1

このことから、この札幌本道自体と、市政施行前の旧町名を合わせて「旧札幌通」と呼ぶのです。

このあたりは室蘭市にとって、旧市街とも言うべき発祥の地であり、まさにOLD MURORANの名にふさわしい地域と言えるでしょう。

[参考資料]
室蘭の記憶-写真で見る140年 室蘭市/北海道新聞社 編 2012年

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください